どうも、占術家の仙翁(センオウ)です。
世界中に幾千もの占いがある中でそのほとんどが源流が未だに解明されていないものがほとんどです。
というのも、その派生の経緯や源流は不明なことも多く、またその派生が不明なこともしばしばです。
それが、占いの神秘であるとして、占い師の業界ではそれを良しとして来ました。
しかし、私は開運を科学するというブログを書いている以上その源流についても言及する必要があると思うのです。
そこで今回は、私の知りうる限りの情報をこの記事にしてみたいと思います。
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手相の来歴:黄金期〜衰退期、そして現代へ・・・
手相という占いは、占いに興味がない人や占いをよくご存じない人でも、一度は聞いたり鑑定している風景をテレビや路上などで見かけたことがあるのではないでしょうか?
それだけに、手相は日本人にとってかなりポピュラーな占いであるということがわかると思います。
手相の発祥は後に詳しく解説いたしますが、諸説存在します。
その中でも、多く語られるのが、紀元前3000年頃のインドだと言われています。
なぜ言われているとういう表現になるかと言うと、その当時は現在のように世界共通の言語が存在しなかったからです。
強いていえば、シュメール文明のくさび形文字が使われていた時期でしょうか。
その様な時代の資料で、明確に手相の資料のみを見つけて解読したと言う記事を何度か拝見したことがありますが、私はにわかには信じられません。
なぜなら、当時使われていた言葉を正確に我々が翻訳できているとは限らないからです。
確かに、古代の文献には、手を見て何かを判断していたと言う記述は存在する様ですが、それが手相を鑑定していたのは定かではありません。
かなり、抽象的なものだったと言えるでしょう。
今日の手相書は、かなり体系だってわかりやすく詳細に記載されています。
それだけに、にわか説が絶えないのも事実なわけですが。笑
最も、古くに書かれた手相書は、12世紀のルネッサンス以降に書かれた「スマンス・カイロマンティア」という写本だと言われています。
占星術に強く影響を受けた為、手のランドマークに星の名前や線が多く存在したものになっています。
これが、現代の西洋手相術のプロトタイプである言われています。
それを期に手相は、黄金期を迎えます。
手相の黄金期
15世紀の終わり頃にかけて、ドイツで木版印刷された手相書が出回り始めます。
最も、古い著書が、ヨハネス・ハートリーブスという人物によって出版された「手相術」を皮切りに、印刷技術の発展とともに各地で手相に関する書物が出版され、16世紀〜17世紀にかけてヨーロッパ全土で手相の肝心が高まり手相の黄金期に入ります。
手相の衰退
関心が強かった手相も、18世紀には衰退期を迎えます。
世界史に詳しい方は、ピンと来ているかもしれませんが、18世紀のヨーロッパといえば、急激に近代化が進み科学の飛躍的進歩を遂げます。
いわゆる「科学革命」と言われる時代に突入します。
この革命以降は、黒魔術、錬金術、天使論、観相術(手相・人相など)と言われるいわゆるオカルトと言われる学問は過去のものとされる風潮が強くなり、一気にその人気は低下します。
近代手相の先駆け
一度は衰退した手相術ですが、19世紀以降にまた息を吹き返します。
それは、手相に置ける概念の変化にありました。
今までは、オカルティズムに書かれていた内容の手相でしたが、次第に科学的知見から研究をしてみようという学者が多く生まれたことに起因します。
それは、フランスのカジミール・s・タルペンティニーに始まり、19世紀末には「ロンドン手相協会」をはじめとし各地で科学的に手相に接近してみようと試みられた形跡が散見します。
20世紀初頭には、手相のバイブルともされる「科学的手相術の法則:ウィリアム・ベンハム著」という書が世界的にヒットするまでに再起します。
一方で、オカルティズムは完全に衰退したかというと実は、そうではありません。
18世紀末からアドリアン・アドルフ・デパロールにより試みられた思想で、伝統的な星占術を応用した手相術をはじめとし、19世紀の末には彼を慕う弟子たちにより手相の様々なメソッドを吸収しながら、より現代に受け入れられやすいものへと変化させて来ました。
このような来歴を持つのが手相の歴史のおおまかな流れです。
手相は世界中で研究されていた!?
なぜ、数あるうちの占いの中で手相が、ここまで普及している理由を探って見たところ面白い事実に行き着きました。
実は、手相は、過去の名だたる偉人、学者、賢者によって研究されていたという経緯があったのです!
手相を研究した偉人、学者、賢者
手相を研究したとされる過去の人物を厳選して5名ご紹介いたします。
1.名君で知られる「ソロモン王」
旧約聖書に登場する古代イスラエル第3代王として登場する彼でが、手相にかなり精通していたと言われています。
手相を少しでも勉強していらっしゃる方であればご存知と思いますが、「ソロモン」という名前の相が存在するようにソロモン王は、手相に精通していた人物だったようです。
この相は、ソロモン環という手相です。
意味は、指導者の相と言われる相で、ソロモン王がこのそうが濃ゆく存在していたと言われています。
2.万学の祖「アリストテレス」
アリストテレスの古代論「自然論」の中に手相についての記述がなされています。しかし、現在のように体型だったものではなく、手の形や指の長さでその人となりを判断するようないわゆる迷信論的な要素が多かったとも伝えられています。
ちなみに彼は、かの大英雄「アレキサンダー大王」の家庭教師だったということでも有名ですね。
3.古代ギリシアの大哲学者「ピタゴラス」
彼が最も有名になった気かっけは、やはりピトゴラスイッチではないでしょうか?笑
彼は、当時あらゆる物事の事象は、数字が関係し、宇宙の全ては人の主観ではなく数の法則に則って解明できるという思想のもとピタゴラス教団を設立し、現在でも知られている数の法則を証明してきました。
その中でも最も有名なのが、「ピタゴラスの定理」ではないでしょうか?
この定理は、中・高校生の数学の授業で出てくるので知っている方は多いのではないでしょうか?
その教団の中でもは、手相についても深く研究していたとされています。
4.ドイツの哲学者「カント」
彼は、西洋哲学に大きな影響を与える哲学者です。
現代哲学には欠かせない、批判哲学の提唱者で数多くの著書を残しています。
また、彼も手相を深く研究していた手相研究者でもありました。
その彼が手について、こう表現しています。
「手は、第二の脳である」と・・・。
最近の大脳生理学の研究が発達した結果、手と大脳との結びつきがいかに強力なものであるかが、明らかになってきました。
5.現代手相の第一人者「セオドール・j・ペリー博士」
博士は、大論文「人間の手ー病気を反映する鏡」を発表し世界的に有名になった博士です。
この著書は大反響を呼び、医学の視診でスクリーニングに使うDrも多くいらっしゃた様です。
この様に、過去から現代にかけて偉人や権力者が手相の研究を重ねて来たと言う経緯から手相は「帝王学」の一種だと表現されることもしばしばです。
意外と知られていませんが、古くから現在にかけて数多く研究が重ねられてきた学問だということをご理解いただけたのではないでしょうか?
これだけ、多くの学者が研究を重ねてきた手相ですが、実はその発祥を巡っては解決していません。
手相の発祥は諸説存在する!?
手相の発祥は、諸説に渡ります。
手相は帝王学に分類される学問であると言う認識から、私の国が発祥だと謳った方が箔がつくと言う様なエゴニズムもそこには存在すると思いますが、それも含めて今回は派生元を複数ご紹介していきたいと思います。
1.中国発祥説
古代中国は、孫子、孔子、孟子など現在でも人生、仕事、経営など多くの分野で未だに影響を与えている人物の出身国です。
また、占いの基礎である東洋哲学と言われる「陰陽五行思想」が生まれた土地としても知られています。
そのためか、手相に関しても中国発祥という説が濃厚ですし、一般的には知られていませんが、手相には「西洋手相術」と「東洋手相術」の二つの見方があることからも、手相は中国発祥であると言う意見をよく拝見します。
しかし、明確な裏付けはどこにもありません。
2.日本発祥説
日出ずる国、八百万の神など神聖なイメージと美しい自然、真面目な国民性から世界中から愛されている我が國日本も手相発祥の地として紹介されることもあります。
ほとんどの手相書の歴史の中で、大陸伝来説をよく聞きますが、この日本発祥説もそれに準ずるものの様です。
一度、大陸から伝来した観相学(手相、人相、風水・・・etc)を元に日本で昇華したものを他国がそれに習って現在の手相術が生まれたと言う説。
これもまた、明確な裏付けがありません笑
3.古代ギリシア発祥説
ソクラテス、アリストテレスなどの古代の天才が生まれた地として有名ですね。
晩年アリストテレスが、後世に残した「自然論」に乗っている手相の鑑定法は、かなり粗雑なものだったそうですが、まだその様に書記が残っている分信憑性は高いと言えるでしょう。
4.古代インダス発祥
実は、このインダス(以下:インド)が発祥であると言う点は、かなり信憑性が高いと言われている発祥地の中の一つです。
以下に、その理由を述べます。
現在最有力の手相発祥の地
現在、最有力とされている手相の発祥地は、インドです。
手相は、古代インドから始まったとされています。
古代インドでは、サムドリカと言う学問が存在し、僧侶たちは日々この学問を研究し、実践していたとされています。
サムドリカとは
サムドリカ(もしくは、サムドリカ・シャストラ)とは、人間の人体にはその人の運命が刻まれていると言う思想のもと生まれた学問です。
紀元前1000年ごろ前に「ヴェーダ」というバラモン教の経典に手についての記述があります。
当時は、手相と人相の両方を見て判断する「観相学」が主流で各地域や時代によってそれぞれが独自に進化を重ね現在の手相や人相の体系へを変化していったのだと思います。
したがって、手相や人相を代表とする相術と言われてる占いの源流は、サムドリカであると言う説が現在濃厚なのです。
なぜ人は手を神聖視するのか?
相術の源流が、インドのサムドリカではないかと言うことはご理解いただけたと思います。
しかし、なぜ人は、手を神聖なものとして扱うのでしょうか?
おそらくそれは、宗教的な側面が大きく関わっているのではないかと私は考えています。
世界最古の文明として知られている古代メソポタミア文明は、太陽を神と崇める太陽崇拝が宗教の根幹にあったとされています。
そして、当時から星占術が行われていたと言う記述も存在ます。
現在、手相のメジャーとして広がっている西洋手相術は、掌のランドマークに太陽系の惑星の名前を宛行い鑑定すると言う観点からおそらく太陽崇拝系の宗教体系に大きく影響を受けている思われます。
また、手は人間にとって目に見える中で最も頻繁に使う部位ですし、手を伸ばせば頭よりも高く、天を仰ぐことができます。
つまり、人間の体の部位の中で最も神に近づける存在なのです。
そう解釈すると手を神聖なものの対象として位置づけるのも納得がいきます。
今回、手相の源流を探ると言う記事を書くにあたり、占いを改めて見つめ直して見ましたが、本当に面白い学問だと改めて学ぶことができました。
学ぶ過程で興味を持ったのが、世界最古の文明と言われている古代メソポタミア文明ででもうすでに体系化された星占術が用いられていたと言う点です。
もうその時代にもうすでに占いは存在し、体系化されていたと言うことは、その時代よりも前に文明が存在したといっても良いと思います。
それよりも何世紀も前に占いを初めて作った人物がいて、今この時代にもその概念が崩れずまだ残っていると言う事は奇跡にも近い事だと思います。
今後も、様々な方面から占いを研究し、あなたに還元させる事ができれば幸いです。
それでは今日はここまで!
最後までお読みいただきありがとうございました。
また最高の一日がやってくる。
親愛なるあなたに幸福が訪れますように。